先日、いつも出張ピアノレッスンでお世話になっている『グランケアあざみ野』様より、このようなご連絡をいただきました。
「M様がお看取りでご家族様もお集りです。
M様は先生とのピアノレッスンを毎回とても楽しみにされていたので、
zoomでつなげて、話しかけたり、ピアノを弾いていただけませんか?」と。
私はその時、ちょうど市外での音楽講師を終え、
その日はそのまま直接午後の演奏先へ向かう予定でしたが、
急遽大急ぎで一度帰宅をし、すぐにピアノの前に直行、
オンラインでM様の居室と繋いでいただきました。
午後の演奏先へ向かうためにも、わずか10分しか時間が取れない状況でした。
M様は、もともとお持ちの気品をまとわれ、とても穏やかなご表情をされていらっしゃいました。
スタッフによると、おそらく意識はもうおありではない、とのこと。
でも、ピアノレッスンをしていた頃(現在はコロナで中止)と変わらない声を掛けさせていただき、2曲演奏しました。
すると、お口が動き・・・!あー!間違いなく聞いてくださっている、と確信しました。
人のお耳、聴力というのは、最期まで残る機能、と聞いたことがあります。
そしてある本には、「亡くなった後も数時間は聞こえている」という説があることも記載されていました。
私は0歳ちゃんから104歳さんまで、一日のうちで接していますが、
考えてみたら、赤ちゃんもママのお腹の中で、まだ体がすべてできていない頃から、ママや周囲の声を聞いているといわれていますよね(だから『胎教』があるわけですし)
そう考えると、人間は『耳から始まり、耳で終わる』、
耳というのは、人間の持つ機能の中で、最も長く働く場所ということなのですね。
どのような時でも、お声掛けは大切にしたいと、改めて思いました。
M様はこの翌早朝にご逝去されました。
M様らしい、穏やかな旅立ちだったそうです。
90年以上生きてこられ、この世を去る数時間前に私のピアノの音色を聴いて、
穏やかに旅立たれたM様。
わずかな時間でも、演奏して差し上げることができて、本当に良かった・・・心からそう思いました。
また、偶然にもこの翌日、別の施設からお呼びがかかりました。
お看取りを終わられ「まもなく施設をご出発されるので、お見送りの時、
K様のお好きだった曲を弾いていただけませんか」と。
私はこれまでも、このような場での演奏を何度か経験しておりますが、
そこでつくづく感じることがあります。
「長く生きれば幸せ」とは限らないのかもしれません。
その方らしく、その方が安心して旅立つ準備ができるように、
周囲が全力でサポートして差し上げることが、今後の高齢化社会でとても大切なことのような気がします。
私は介護職ではありませんが、
介護職の方とご一緒に、その方がお好きでいらしたことを、
最期に演出して差し上げることができる、という立場でいられることは、
とても誇りに思っています。
おばあちゃん子で育った私。
おばあちゃんも今の私を天国で応援していてくれているかな・・・。
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